長崎県忠霊塔敬事会(三城圏連合会内)では現在、長崎県忠霊塔に関する資料の収集・整理を進めている。
長崎県忠霊塔は、昭和9年(1934年)に建立された施設であり、2026年現在、建立から92年を数える。長崎県籍の戦没者を追悼する場として長い歴史を有しており、その歩みは単なる一つの慰霊施設の沿革にとどまらず、戦前から戦後にかけての長崎県における戦没者慰霊のあり方や、地域社会と慰霊施設との関係を考えるうえでも重要な歴史の一部である。
一方で、90年以上という長い時間の中で蓄積されてきた出来事のすべてが、公的な記録として残されているわけではない。
行政機関が保管する公文書や新聞記事などによって確認できる歴史がある一方、当時の写真、慰霊祭の案内状、会報、奉仕活動の記録、関係者が残した手紙や日記、さらには家族から語り継がれてきた記憶など、個人や地域の中に保存されている資料も存在すると考えられる。
そこで、長崎県忠霊塔敬事会では、長崎県忠霊塔に関係する資料をお持ちの方、あるいは資料の所在をご存じの方に対し、情報提供を正式に呼びかけることとした。
歴史資料というと、古文書や公的な記録などを想像しがちである。しかし、地域の歴史を明らかにするうえでは、個人が撮影した一枚の写真も重要な資料となる。
例えば、現在とは異なる忠霊塔周辺の景観、かつて設置されていた施設、慰霊祭に参列する人々、奉仕活動に参加する地域住民、当時の服装や掲示物などが写っていれば、それだけでも当時の状況を知る手掛かりとなる。
また、写真そのものだけでなく、その写真が「いつ」「誰によって」「何のために」撮影されたのかという情報も重要である。
一枚の写真をきっかけとして、当時の関係者や行事の実態が明らかになる可能性もあるためである。
【収集を呼びかける資料】
今回、提供を呼びかける資料は、必ずしも正式な文書に限るものではない。
例えば、次のようなものが対象となる。
長崎県忠霊塔の古写真、写真アルバム、建立当時の写真、戦前・戦中・戦後の写真、慰霊祭や追悼式の写真、奉仕活動の記録、忠霊塔の建設・改修・修繕に関する文書、新聞記事、広報紙、会報、案内状、関係者の手紙や日記、当時の地図、忠霊塔周辺の景観を写した写真などである。
さらに、「祖父が昔、忠霊塔で撮影した写真を持っている」「昔の慰霊祭について家族から聞いたことがある」「実家に古い資料がある」といった情報も貴重な手掛かりとなる。
資料そのものを提供することが難しい場合でも、まずは資料の存在を知らせていただくことだけでも大きな意味がある。
【「個人の記憶」も歴史資料となる】
長崎県忠霊塔の歴史を残していくうえで重要なのは、紙や写真として残された資料だけではない。
そこに関わった人々の記憶もまた、歴史を理解するための重要な手掛かりとなる。
もちろん、個人の記憶は時間の経過によって変化する可能性があり、記憶だけをもって歴史的事実を確定することはできない。しかし、複数の証言や写真、公文書、新聞記事などと照合することによって、これまで十分に記録されていなかった出来事を明らかにする手掛かりとなる場合がある。
特に、昭和期の慰霊行事や奉仕活動については、当時実際に参加した人々からしか得られない情報も少なくない。
そのため、今回の資料収集では「資料の提供」だけではなく、「記憶の提供」も含めて広く情報を求めることとした。
【提供者の意向を尊重して記録する】
なお、資料提供を呼びかけるにあたっては、資料の提供者の意見や個人情報の取り扱いについても慎重である必要がある。
資料をお持ちの方から提供を受ける場合、その資料を必ずしも譲渡していただく必要はない。所有者のもとに保管したまま、写真撮影やスキャンなどによって記録する方法も考えられる。
また、写真に写っている人物や文書に記載された個人情報についても、公開の可否を確認しながら取り扱う必要がある。
歴史を残すことは重要であるが、それと同時に、資料を大切に保管してきた方々の意思を尊重することも欠かせない。
したがって、提供された資料については、所有者の意向を確認しながら、保存、研究、紹介、ウェブサイト等での公開の可否を個別に判断していく考えである。
【90年以上の歴史を次の世代へ】
長崎県忠霊塔は、昭和9年の建立から90年以上の時間を歩んできた。
その間には、戦前、戦中、戦後、高度経済成長期、そして現在に至るまで、日本社会そのものが大きく変化している。忠霊塔を取り巻く社会のあり方や、慰霊に対する人々の意識もまた、時代とともに変化してきたと考えられる。
だからこそ、現在残されている資料を整理し、後世に伝えていくことには意味がある。
公的な記録だけでは見えてこない歴史があり、地域に残された写真や個人の記憶によって初めて明らかになる歴史もある。
長崎県忠霊塔の歴史は、忠霊塔そのものの歴史であると同時に、そこを訪れ、祈り、奉仕し、維持してきた人々の歴史でもある。
もしご自宅やご実家に、長崎県忠霊塔に関係する古い写真や文書などが残されているのであれば、ぜひその存在を知らせていただきたい。
「これは資料になるのだろうか」と思うようなものであっても構わない。
一枚の写真、一枚の案内状、一冊の会報、あるいは誰かから聞いた一つの記憶が、90年以上にわたる長崎県忠霊塔の歴史を明らかにする重要な手掛かりになる可能性があるからである。
長崎県忠霊塔敬事会では、こうした資料や記憶を大切に収集・整理し、長崎県忠霊塔の歩みを次の世代へ伝えていくための記録として残していきたいと考えている。
長崎県忠霊塔に関する資料をお持ちの方、または資料の所在をご存じの方は、ぜひ情報をお寄せいただきたい。
長崎県忠霊塔に関する資料提供・情報提供に関して。長崎県民の慰霊の場を次世代へ残すために
長崎県忠霊塔の護持継承を目指す長崎県忠霊塔敬事会(三城圏連合会内)では現在、長崎県忠霊塔に関する資料の収集・整理を進めている。
- 配信元
- 長崎県忠霊塔敬事会(三城圏連合会 内) (個人)
- Web
- https://sites.google.com/view/chureito1934
- カテゴリ
- その他
この記事について
本記事は配信元(長崎県忠霊塔敬事会(三城圏連合会 内))が投稿したプレスリリースを、リンクプレスが AI 自動審査を経て公開したものです。記事内容に関するお問い合わせは、各配信元までお願いいたします。